シノプシス

 

1.タイトル

"BROKEN" (『傷つけられて』)

 

2.原書出版社及び刊行年度

ヘッドライン・ブック・パブリッシング(HEADLINE BOOK PUBLISHING)、2000年度刊行

 

3.著者紹介

マーティナ・コール(Martina Cole

 過去6作の小説(DANGEROUS LADY, THE LADYKILLER, GOODNIGHT LADY, THE JUMP, THE RUNAWAY, THE TWO WOMEN)を発表。いずれもベストセラーとなる。"DANGEROUS LADY""THE JUMP"などはテレビドラマ化され人気を博した。英国エセックス州在住。息子と娘がいる。

 

4.主要登場人物の紹介

ケイト・バロウズ:          グラントリー警察犯罪捜査課警部

パトリック・ケリー:     ナイトクラブ経営者、ケイトの恋人

ウィリー・ギャブニー: パトリックの用心棒

ロバート・ベイトマン: ソーシャル・ワーカー

ジェニー・バートレット:             幼児虐待事件専門の刑事

ラチェット主任警部:     ケイトの上司

ハリー・バーカー:          ソーホー地区風紀犯罪部長

ケリー・アルストン:     未成年で未婚の母親

ジュリー・カーマイケル:             十二年前に娘を殺された母親

スージー・ハリントン: 幼児買春グループのリーダー

ボリス・ストラビンスキー:ロシア人の事業家

 

5.内容要点

 エセックス州グラントリーでは、幼い子どもが何者かによって危険にさらされるという事件が相次いでいた。その母親たちはいずれも問題をかかえた未婚の若い女たちで、無責任に育児を放棄していた。ある日、とうとう子どもの死体が見つかった。目撃証言によれば母親たちが犯人と思われたが、グラントリー警察のケイト・バロウズ警部は疑問を持つ。その後の調べで、被害にあった子どもたちが幼児買春グループに使われていたことが分かる。また、それには警察内部の人間もかかわっていた。捜査妨害や恋人の殺人未遂事件など、ケイトの行く手には数々の困難が待ち受けていたが、助けられた子どもの言葉、そして母親たちの一人による話をきっかけに、ケイトは意外な真犯人を突きとめる。

 

6.各章のあらすじ

プロローグ

 1992年、エセックス州グラントリーの再開発区域。いましも取り壊されようとしている廃ビルの屋上で、幼い男の子が発見された。男の子は、麻薬常習者レジーナの息子でその日の朝から行方が分からなくなっていた2歳のジェイミーだった。ジェイミーは間一髪のところでコンクリートの下敷きになるのを免れたが、なぜ彼は家から遠く離れた破壊予定のビルに一人でいたのか。その朝早くレジーナらしき女がジェイミーを連れて出かけるのが目撃されていたが、レジーナ本人はそれを否定する。これは殺人未遂事件なのか。グラントリー警察のケイト・バロウズが捜査に乗り出した。

 

第1部

第1章

 犯罪捜査課の女警部ケイトには、パトリック・ケリーという恋人がいる。パトリックはロンドンのソーホー地区にたくさんの店をもつ事業家で、非情な男として知られていた。ある日、経営するナイトクラブから支配人トミーに電話で呼び出された彼は、そこに長年の友であり共同経営者であるミッキーのしたいを発見。パトリックがそのナイトクラブへ来たのは数ヶ月ぶりだったが、ミッキーが彼に黙って不正な仕事に手を染めていたであろうことは想像がついた。それにしても、いったい誰がこの気のいい男を残酷にも撲殺したのか、パトリックには見当さえつかなかった。

 

第2章

 売春婦キャロラインの二人の息子たちが行方不明になった。そのうちの一人は、なんと道路脇に止められたゴミ回収トラックに放り込まれるのを目撃され、ゴミと一緒に押しつぶされる直前に助け出されたのだった。無力な幼い子どもを無惨に殺そうとした犯人に、ケイトは激しい怒りを覚える。しかしなお、もう一人の男の子アイヴァーの行方がわからない。ゴミ回収トラックから逃げた女の特徴はキャロラインとぴったり合うが、彼女は何も知らないと言う。レジーナとキャロライン――この若い母親たちは、本当に何も知らないのだろうか。疑いは深まるばかりだった。

 

第3章

 ゴミの山をあさっていたホームレスの老人が、がらくたの中から子どものスニーカーを見つけた。彼はその真新しいスニーカーに人間の足がはまっているままなのを見て恐怖におののいた。通報を受けた警察は、それがアイヴァーのものであろうとほぼ確信していた。ところが鑑識の結果、見つかった足と胴体の一部はアイヴァーのものではなかった。知らせを聞いたケイトは愕然とする。さらにもう一人、捜索届けも出ていない身元不明の子どもがいて、今度は無惨な結果となったのだ。そしてアイヴァーは依然行方不明だった。言いようのない怒りと混乱のなか、ケイトは主任警部ラチェットからパトリックのことで信じたくないニュースを聞かされる。

 

第4章

 ケイトとパトリックは、パトリックの娘が連続殺人鬼に殺された事件で知り合い、徐々に惹かれ合うようになって、今ではパトリックの家で一緒に暮らしていた。ケイトは彼のことを分かっているつもりだった。かつては汚い仕事に手を染めていたが、今では心を入れ換えまじめな事業をしていると信じていた。だが、彼が経営するナイトクラブはストリップを売り物にしたいかがわしい店で、そこで共同経営者が殺されたというではないか。彼女はパトリックを非難し、彼の弁解を聞こうともせず荷物をまとめて家を出た。放棄された子どもたちのことを考えるだけでもやりきれなかった彼女は、自分の恋人がいまだに汚らしい世界とかかわっていることを知って、大きなショックを受ける。

 

第5章

 砂利採掘場のそばで遊んでいた二人の少年が茂みの下に見つけたのは、青白い子どもの手が突き出た袋だった。アイヴァーの遺体は、行方不明から四日後にこうして発見された。ケイトがその知らせを聞いたのは、パトリックの車の中でだった。パトリックは、こともあろうにミッキーが殺された夜のアリバイ作りをケイトに頼みにきたのだった。彼は、ミッキーを殺した人間を何としても突き止めるつもりで、彼女の助けを必要としていた。もちろん彼女は聞く耳をもたなかったが、まだ彼を愛していることに変わりはなかった。そのころ、十七歳の母親ケリーは、二歳の娘がいなくなったと近所の家に駆け込んでいた。

 

第6章

 ケリーは町でも札付きのワルだった。すでに二人の子どもがいて、かっとなると相手かまわず暴力を振るう。下の娘がいなくなったと騒ぎ出す一時間まえ、彼女は子どもを連れてアパートを出るのを目撃されていた。しかしケリーはそれを否定し、自分は一日中外出していて近所の不良少女メアリーにベビーシッターをさせていたと主張する。

 いっぽうパトリックは、ロシア人の事業家ボリス・ストラビンスキーが彼のナイトクラブを拠点に不正な取引をしていることをつきとめる。ボリスはミッキーに渡した大金を取り戻すため、パトリックを付け狙っているらしい。ミッキーを殺したのはおそらくボリスの一味で、パトリックの命も危ないだろう。身を守るため、パトリックは住まいを変えた。ある夜、彼の居場所を知る唯一の人間、用心棒のウィリーが姿を消した。

 

第7章

 ケリーの部屋の捜索によって驚くべきものが見つかった。ケリーの子どもたちなどの子どもたちが写った猥褻な写真である。そこにはキャロラインの子どもたちも写っていた。キャロラインはケリーと同じでメアリーに何度かベビーシッターを頼んだことがあると言う。ではメアリーが子どもを用意し、ケリーの家で男に提供していたのか。あるいはあの母親たちはみな一味なのだろうか。自分の子どもにそんなことをさせる母親がいようとは、ケイトにはとても信じられない。メアリーの父親は刑務所を出たり入ったりしている男だったが、彼は娘を愛していた。警察から哀れな子どもたちと自分の娘が写った写真を見せられた彼は、胸の悪くなるようなその写真のなかに、知った男の姿を見つける。

 

第8章

 ケリーの娘はゴルフ場のそばの森で凍えているところを発見された。母親のケリーが留置されていて迎えにいけなかったため、誰かがそこに放置したのかもしれない。ケイトは、幼児虐待や誘拐専門の刑事ジェニー・バートレットの助けを借りることにした。ジェニーは一連の出来事の裏に幼児買春のネットワークがあるかもしれないと指摘する。ケイトは、母親たちをよく知るソーシャル・ワーカーのロバート・ベイトマンに、他の母親たちのリストを手に入れてほしいと頼む。そのころメアリーの父親は、問題の写真に写っていた男を酒場に見つけ、割れたグラスを持って襲いかかり、血の海の中で殺害した。

 

第9章

 若く美しいジャッキーには父親の違う四人の子どもがいた。彼女は子どもたちを愛していたが、自分の時間も同じくらい大切だった。風俗店での仕事から帰った彼女は、姉に預けた四人のうち一番末の子どもがいなくなったことを知って、言いようのない不安にかられる。そのころ、フォークストン港で一台のトラックがカレー行きのフェリーに乗り込もうとしていた。運転手は、自分が運んでいる荷物の中に子どもが眠っていようとは夢にも思っていなかった。その子は風にあおられる防水シートの音で目を覚まし、寒さと飢えと窮屈さから、か細い泣き声を上げた。その泣き声に気づく者はなかった。

 

10

 ジャッキーの子どもが連れ去られたとき、ジャッキーに似た女が複数の人間に目撃されていた。しかし彼女には完璧なアリバイがあり、またその悲嘆にくれた様子は、ケイトにはとても演技とは思えなかった。ジェニーをはじめ捜査班全員が母親たちを疑っていたが、ケイトは何か見逃している気がしてならなかった。そのころカレー港では、グラントリーから来たトラックの荷物の中から、砂とインクにまみれた幼い男の子が見つかった。男の子はすぐに病院へ搬送され、一連の手続きののちイギリスへ送還された。ジャッキーは戻った子どもを抱きしめて涙ぐむ。

 パトリックの用心棒ウィリーはボリスに監禁され、もう何日も食べ物を与えられていなかった。彼はひたすらパトリックが助けにくることだけを信じていた。

 

11

 ケイトはロバートから興味深い話を聞かされる。容疑者である母親たちのうち、ケリーとジャッキーはかつて同じ学校に通っていて、別の少女をレイプしたというのだ。だが最初に二人を誘ったのはその少女の方で、彼女の父親が警官だったために事件はうやむやになったという。父親の名はハロルド・バーカー、現在はソーホー地区の風紀犯罪部長だ。ケイトはバーカーの記録を閲覧しようとするが、ラチェット主任警部に阻止される。

 ジェニーとともに家に帰ったケイトは、オーストラリアから戻った母親に再会し、久しぶりの家庭料理を楽しんでいた。そこへラチェットから電話が入った。パトリックが銃で撃たれたという。

 

第2部

12

 パトリックは病院で生死の境をさまよっていた。意識の戻らないまま横たわっているパトリックを見て、ケイトは自分がどれほど彼を必要としているかを痛感する。

 いっぽう、メアリーの父親に殺された男にはジェレミーという弟がいた。そしてジェレミーもまた、ケリーの部屋で行われていたことに関与していた。十二歳の男娼をつれて通りを闊歩していたジェレミーは、いきなり男たちに車に引きずり込まれ、さんざん殴られたあとで、自分が幼児への性的暴行の容疑で捕まったことを知る。留置場で怯える彼にケイトは、拘置所にいる荒くれ男たちは子ども買春者を嫌っている、と言っておどす。言われるまでもなく、子どもの買春者が他の犯罪者たちから嫌悪と軽蔑をもって、文字通り手荒な歓迎を受けることは、ジェレミーにも分かっていた。

 

13

 ジェレミーの弁護士は、ケイトの脅迫的ともいえる尋問の仕方を非難するが、ケイトはまったくひるむことはなかった。ジェレミーのような男に露ほどの情けもかけるつもりはないのだから。だがジェレミーは、誰かを恐れて他の男たちの名前を明かそうとしない。

 いっぽうでケイトは、パトリックがミッキー殺害の容疑者になっていることを知り、ラチェットに知らせず独自にパトリックの事件を調査する。パトリックの家でナイトクラブについての資料を探し、密告屋の男に会い、そしてとうとうロシア人ボリスがミッキーを殺しパトリックも殺そうとしていたことを突き止めた。ケイトは黒人の大男ベンジャミンの力を借りて、ボリスの手下と見られる二人の男たちを拉致し、ボリスの出方を待った。

 

14

 拉致された男たちは、ベンジャミンによって監禁され、何頭もの飢えた猛犬の前で震え上がっていた。男たちを残してグラントリー署へ戻ったケイトは、また別の子どもが危険にさらされていることを知る。泣き叫ぶ女の子を連れ去る女が目撃されたのだった。目撃者の妊婦は勇敢にも子どもを助けようとしたが、逆に女に腹部を蹴られて入院したという。そのころ、四人の少女の母親であるキャシーは、二歳の末娘をスージー・ハリントンに渡した。彼女はスージーが娘をどうするのか分かっていた。自責の念がないわけではなかったが、金とヘロインの力には逆らえない。一時間だけという約束にもかかわらず、娘はいつまでたっても戻ってこなかった。

 

15

 ロバートは、問題をかかえた若い母親たちの一人、ナターシャの部屋を訪れた。不衛生な部屋には尿の臭いが充満し、子どもたちは不潔で虐待されていた。もう限界だと判断したロバートは、ナターシャの子どもたちを保護する手続きを取った。ボリスの一味で売春のポン引きをしている男が、自分の車のトランクから、ナイトクラブの支配人トミーの死体を発見する。彼は、仲間の男二人がいなくなっていることも知っていた。自分が危険な立場に置かれているのを悟った彼は、妻に死体を車ごと処分させる。車を引き渡された中古車ディーラーは、トランクの中にトミーの死体を見つけ、知り合いであるベンジャミンに電話した。

 

16

 ベンジャミンはトミーの死体のことをケイトに知らせる。彼は、トミーを殺したのはパトリックで、見せしめにトミーの仲間のトランクに入れたのだと考えていた。ケイトはそれを受け入れたくなかった。いっぽう、子どもと引き離されたナターシャは酒場でやけ酒を飲んでいた。そして、一人の中年男に向かって「あたしの子どもたちがいなくなって、あんたも寂しいでしょ」と意味ありげに話し、相手はナターシャに殴りかかった。男の息子デヴィッドはわけが分からなかった。なぜナターシャが父にそんなことを言い、また父が向きになって怒るのか。そのころ、グラントリーに接する小さな村で死後何日もたった女の死体が見つかった。鑑識の結果、その女とゴミの中からばらばら死体で見つかった身元不明の男の子のDNAが一致した。

 

17

 キャシーを訪ね、末の子どもがいなくなっていることに気づいたロバートは、ケイトたちに知らせた。キャシーの子どもを連れていったスージーは、若い母親たちから金や麻薬と引き換えに子どもを預かり、客にポルノ写真やポルノビデオを撮らせる商売をしていた。ところが、客の一人が子どもを返してこない。彼女は昔なじみでポン引きをしているルーカスに、子どもを取り戻してくれるよう頼んだ。いっぽうケイトはジェレミーへの尋問の手をゆるめなかった。拘置所に入れられたケリーが他の囚人たちから暴行を受けたことを話しておどし、二人の屈強な男たちにジェレミーを殴らせて、すべてを吐かせようとした。そのやり方は明らかに違法であり、以前のケイトなら考えられないことだった。ケイトは自分が少しずつ変わっていくのに気がついていた。

 

18

 ジェニーがキャシーを訪ねたとき、末娘は家に戻っていた。ケイトとジェニーには事情が飲み込めない。ナターシャとのやりとりから父親を疑いだしたデヴィッドは、ある日父の部屋で子どもが写った猥褻な写真を見つける。母を亡くし、男手一つで自分を育ててくれた父親を敬愛していたデヴィッドは、抑えがたい嫌悪と悲しみに襲われる。彼はその気持ちをぶつけて父を殴り、警察が駆けつけたときには父親は瀕死の状態だった。自首したデヴィッドは、理由を知ったケイトたちに同情をもって迎えられる。さらに彼は、願ってもない情報を提供してくれた。父親たちの仲間の中に、警察の風紀犯罪部長ハリー・バーカーもいるという。バーカーの名が出るのはこれで二度目だ。ケイトは、この捜査が見かけよりずっと困難なものになるだろうことを悟る。いっぽう、パトリックの手術は終わり、あとは経過を見るだけだった。

 

19

 デヴィッドの証言で、猥褻な写真に写った子どもの母親の一人がナターシャであることが判明。同じころ、別の女が死体で発見され、三歳の子どもトレヴァーが消えるという事件が発生していた。ケイトらは、死んだ女がナターシャと知り合いであり、スージー・ハリントンという女が背後にいることを突き止める。尋問を受けるナターシャは、何かを恐れてスージーについて何も言おうとしない。スージーは事情聴取のために連行されるが、上層部からの命令だとしてラチェットがあっさり釈放してしまう。大きな力に行く手を阻まれてしまったことを実感するケイトだったが、ラチェットに命令を下した人間への手がかりをつかむことができた。電話の通話記録を調べたところ、ラチェットを動かしたのは内務省の人間らしい。

 

20

 ケイトは、スージーを釈放するよう取りはからったのが公訴局長であることを突き止めた。ロバートは、勾留された母親たちに会うため毎日のようにグラントリー署を訪れていた。彼はケイトに、ナターシャのような女たちは、彼女たち自身虐げられた子供時代を過ごしたのだということを話し、母親たちへの同情と理解を求めようとする。そして、母親たちの記録のうち事件に関係のない部分の提出を拒んでいた。ある夜ケイトは、パトリックの病院へ向かう途中で、ロバートの家が近いことに気づき、何か聞けるかもしれないとその家を訪ねた。にこやかに出迎えた彼の家は、明るくモダンな内装でいい香りのする家だった。彼の誠実な人柄に好感をもつようになっていたケイトは、寝たきりの父親が二階でドスンと大きな音を立てるのを聞き、その父親と二人で暮らす彼の苦労を思いやって、同情せずにはいられなかった。

 

21

 女は薄汚れた部屋に男を招き入れた。女は売春婦だったが、男は客ではなかった。女の息子は三歳にしてすでに母親を嫌っていて彼女に寄りつこうともしない。母親がドアの向こうで刺されうめき声を上げたときにも、彼は何とも思わなかった。

 そのころ、スージーは自慢の小ぎれいな部屋に久しぶりの客を招き入れていた。相手の男バーカーは、彼女の客の一人であり、警察上層部の仲間に口をきいて彼女を釈放させた人物だった。だが彼は、自分の地位が脅かされるようなことをするつもりはないと彼女に念を押す。スージーは心配いらないと答える。

 いっぽう、パトリックの用心棒ウィリーは、ボリスに解放され、傷だらけの体で戻ってきた。

 

22

 新たな女の死体が見つかりその子どもが行方不明であるという知らせに、ケイトは一刻も早く何らかの手を打つ必要を感じた。しかし、鍵を握っていると思われるスージーには手が出せず、バーカーの記録は隠されたままだった。彼女はわらをもつかむ思いでふたたびロバートを訪ねる。ロバートはケイトに、十二年前の少女強姦殺人を調べ直してみるようほのめかす。ケイトは十二年前に殺された少女の母親ジュリー・カーマイケルに会った。彼女はケイトに、自分の娘が当時グラントリー署の刑事だったバーカーにそそのかされて男たちや子どもたちと性交渉をもつようになっていたこと、それを公表すると言ったがためにバーカーたちに殺されたことを話した。彼の仲間にはケリーやジャッキーもいたという。さらにその殺人事件を担当していたのが他ならぬラチェットで、彼ら警察は事件をうやむやのまま、闇に葬ってしまったのだった。

 

23

 パトリックは意識を取り戻し、ケイトは一安心する。ロバートやジュリーの話から、バーカーへの怒りをつのらせるケイトだったが、他の関係者たちが一様に口を閉ざし、証拠もないまま、どうすればバーカーたちを有罪にできるのか分からなかった。そこへ、かつて一緒に事件を解決したことのある同僚の訪問を受ける。彼はバーカーを以前から知っていて、バーカーの妻の名をメイヴィスだという。ロバートから聞いていた名前はたしかデビーだった。ケイトはひっかかりを感じるが、デビーがバーカーの再婚相手の名前だということを知る。

 

24

 行方不明の子どもの一人トレヴァーが、廃墟となったビルで生きて見つかった。トレヴァーの言葉から、彼をビルに放置した女は、リンゴの香りがし、いろいろな色のかつらを持っていることが分かった。最初の被害者ジェイミーも同じようにビルに置き去りにされていた。ケイトはジェイミーの母親レジーナに当たろうと考える。レジーナは警察の取り調べ中に自殺をはかり、入院していた。ケイトはレジーナの病院を訪れたが、後一歩のところで手遅れとなる。彼女は病室で手首を切り、話が聞ける状態ではなかったのだ。看護婦の話では、レジーナが自殺をはかる直前に、スージーと名のる女が面会に来たという。それを聞いたケイトは、それが間違いなくスージー・ハリントンだと立証できれば彼女を取り調べることができるだろうと喜ぶが、いっぽうで、なぜスージーに彼女の先回りができたのかと不安を覚える。

 

25

 レジーナの看護婦は、スージーと名のった人物が、女装した男であったと証言する。ではスージー本人ではなかったのか。ケイトはケリーを拘置所に訪ね、女装した男について、また十二年前の事件について質問した。ケリーは何も知らないと答えるが、話の中で、ある人物の意外な一面を語る。その人物は、ケリーのような女たちをよく知っていて、彼女たちを助け、ときに性的関係をもつこともあるという。そして、髪を染めたり化粧をすることもあり、リンゴの香りを好むのだと。拘置所をあとにしたケイトは、ジェニーらに真犯人が分かった、と伝える。ロバート・ベイトマンの名前を聞いたとき、ジェニーは驚きを隠せなかった。

 

26

 ロバートは母を愛していた。美しく化粧をし、男たちと笑い、幼い彼に口紅とペディキュアを塗った母を。母が家を出てからも、彼は理想化した彼女を慕っていた。だが、何年もたって彼の前に姿を現した母は、タバコの臭いのする醜く太ったあばずれ女だった。彼女はケリーやレジーナと同じ種類の母親だったのだ。裏切られたように感じた彼は、母を刺し殺して庭に埋めた。それ以来、彼は母と同じような女たちを殺してきた。ときにはその子どもたちまでも……。ケイトは黙って聞いていた。ロバートは、女たちになりすましてその子どもたちを連れ出しては、置き去りにしたり殺したりしたのだと語る。

 

27

 ロバートの家の庭が掘り返され、いくつかの死体とともに、しばらく前から行方が分からなくなっていたバーカーの死体が見つかった。ロバートがバーカーの新しい妻の名前を知っていたのは、彼が最近バーカーに会ったからだった。また家の中からは、母親たちの家から持ち出したと思われる幼児ポルノのビデオテープが発見され、そこにはスージーが写っていた。動かぬ証拠が手に入り、事件は一応解決に向かうかに思われた。だが、弁護士を伴って平然とグラントリー署へやってきたスージーは、ケイトと取り引きしたいと申し出る。スージーは、問題のビデオテープのビジネスを取り仕切っているのは、だれあろうケイトの恋人パトリックだと言う。

 

28

 パトリックを信じ、怒りにまかせてスージーを殴ってしまったケイトは、捜査班から外された。ケイトは個人的に調査を続けようと、十二年まえのことを持ち出してラチェットをおどし、ロバートとの面接を許可させる。そしてロバートから、スージーが問題のビデオをポン引きのルーカスに渡していたことを聞き出す。そんなとき、ケイトの前に突然ボリスが現れる。ボリスはケイトがいずれ彼のために働くことになるだろうと言い残して立ち去った。ボリスがケイトに接近してきたことを知り、パトリックは一刻も早くボリスと片をつけなければならないと決意する。

 

29

 ケイトは部下のゴールディングの助けを借りてルーカスの家に押し入り、ルーカスにボスの正体を明かすようにと詰め寄った。ゴールディングの執拗な殴打を受けてやっと口を割ったルーカスは、幼児ポルノビデオの一連のビジネスを取り仕切っているのがボリス・ストラビンスキーであることを明かす。いっぽうパトリックは、ケイトを守るため、そして自分の借りを返すため、ボリスと対決する覚悟だった。病床にあるパトリックのそばで、ウィリーはそれが自分の仕事であることを察した。

 

30

 ボリスは、ミッキーが殺されたナイトクラブを事実上支配していたのだ。クラブはまだパトリックの所有ではあったが、ボリスはパトリックが口を出してくるとは考えていなかった。その夜、クラブでは女たちの喧嘩があり、ボリスは騒ぎにうんざりしながら酒を飲んでいた。用心棒がウィリーの姿に気がついたとき、ボリスはまったく無防備だった。ウィリーのライフルはボリスの体を吹き飛ばした。警察が駆けつけたとき、ウィリーの犯行だと口にする者はだれもいなかった。いっぽうルーカスの家からは大量の幼児ポルノビデオが押収され、それはケイトの捜査を妨害した内務省の人間を怯えさせるに十分なものだった。捜査班に復帰したケイトは、喜々としてスージー・ハリントンと向かい合う。

 

エピローグ

 ケイトのもとを訪れたのはジュリーだった。娘が殺されてからの十二年間、心がいやされることのなかった彼女は、ようやく正義が行われた、とケイトに礼を言う。ラチェットはグラントリー署を去った。ボリス殺しの犯人についてはだれもが口を閉ざし、ウィリーはパトリックの用心棒を引退して結婚した。パトリックは退院し、ケイトはまた恋人との生活に戻る。

 

7.感想・分析・評価

 二歳や三歳の子どもが、倒壊寸前のビルに放置されたりゴミ回収トラックに放り込まれたりと、残酷で胸の悪くなるシーンを臨場感たっぷりに読まされた序盤、これはたしかにスリル満点で飽きないかもしれないが、全編これが続くとしたら好きにはなれないな、と感じた。どの子どもたちも母親から虐待され、その母親たちも麻薬や売春から逃れられなくなっている。なんとも救いがたい状況だ。ヒロインの女刑事には裏世界に片足をつっこんでいる恋人がいて、暴力シーンは避けられないだろう。そんな気持ちで読み進んだ。だがいつしか、真相はどうなのだろう、犯人はだれなのだろう、という好奇心が増していき、先を読みたくてたまらなくなった。そして、読み終えたときにはいわば爽快といっていいほどの気分になっていたのである。

 本書をおもしろいと感じさせるのは、これがどろどろした犯罪世界を描いているだけでなく、ちゃんと推理小説としてプロットができているからだ。事件が起き、目撃者がいて、鑑識の結果が出て、何かを隠していそうな関係者の顔ぶれもそろっている。読者は主人公の女刑事とともにそれらを吟味しながら事件の真相を探っていくのである。第25章で真犯人にたどり着くまでに、作者は少しずつヒントを与えてくれている。そして真犯人が分かったとき、それが売春グループのボスでもなければ悪徳警官でもなく、それまで善人として描かれていた意外な人物だったということで、読者は(意外な犯人があばかれることはわかっていても)推理小説ならではの満足感を得ることだろう。

 では日本の読者にどれほど受け入れられるだろうか。女性作家による女主人公のミステリーとくれば、それだけである程度女性の目を引きつけるだろうが、読んでみようと考えるかは疑問だ。幼児虐待が深刻な社会問題となり、子どもが殺される事件が後を絶たないいま、現実の事件を読んだり聞いたりして心を痛めた人が、わざわざ同じような内容の小説を読んでみたいと思うだろうか。本書のミステリーとしてのおもしろさをアピールしなければ、そうした人々は敬遠するだろう。

 いっぽう、スリラー好きな女性や、テーマの現代性に惹かれてあえて読んでみたいと思う人ならば、いったん読み出したら、はらはらする緊張感と恐怖に引きつけられ、好きか嫌いかは別として、真相への好奇心から途中では放り出せなくなるだろう。場面の描写は簡潔で疲れさせないし、次から次へと事件が起き、一こま一こまが程良く短く飽きさせることもないから、特に読書好きの人でなくても最後まで読めるはずだ。本書は細かいことを気にせずにぐいぐいと先を読ませるような魅力があると思う。作者の作品の中にはテレビドラマになっているものもあるようだが、本書もまるでテレビをみているような感覚で読める本である。それでも作者は、登場人物の心理描写には手を抜いていない。読者は、正義感の強いヒロインが最後に暴力警官のような行動に出るまでの心理を十分理解できるだろうし、子どもにつらく当たりながらもどこかでその子をいとおしく思っている母親たちの気持ちは痛いほど伝わってくるだろう。子どもをもつ女性が読めばなおさら感情移入できるはずだ。

 本書にやや読みにくい点があるとすれば、登場人物の多さである。作者は死んだ子どもから目撃者にいたるまで、どんなに小さな役回りの人物もフルネームで登場させる。英語圏の人々には違和感がないのかもしれないが、日本語の文章の中にこれだけ多くのカタカナの名前が出てくると煩雑さを覚える読者も多いかもしれない(邦訳版では「主な登場人物」一覧表が不可欠であろう)。また本書の厚みの点だが、簡潔な描写や展開の速さからストーリーを追いかけてどんどんページをめくることができ、見かけほど読むのに時間はかからなかった。ただし子細に検討すれば、本書にはエピソードが盛りだくさんなために話の筋がぼやけるように感じられる面もあり、実際にはもっと刈り込んで短くできるはずだし、その方がすっきり読めるように思う(殺人事件の全容は第27章ですべて明らかになるのだから、その後の三章は余分と言えなくもない。その三章が悪漢退治という腑に落ちる場面だとしても、やや冗長)。

 作者はイギリスではベストセラー作家らしいが、日本での知名度はあまりなさそうので、作者の名前だけで本書が大きく脚光を浴びるのは難しいかもしれない。とはいえ、あまり細かいことに目くじらを立てなければ、本書がよくできた面白いミステリー作品であることはたしかである。イギリスで好評だったという他の作品のテレビドラマが放映されるなど、日本での話題づくりのきっかけがあれば、その原作者の作品としてそれなりの売れ行きが期待できるのではないか。